Lonely Avenue
２９ Ｒｉｇｈｔ
「ああ、わかった。明日持って行くから」 拓馬は、受話器を顎に挟んだまま答えた。 「じゃ、月島、頼むな」 クラスメイトの声の向こうで、数人の声が騒いでいる。これで本当に明日の１コマに出席するつもりなんだろうか。 拓馬は、洗い髪のタオルドライを続ける。 「それからさ、月島」 少し、声の調子が変わった。拓馬はタオルを頭にしたまま、左手で受話器を持った。 「お前さ、最近顔色よくないよ。どっか、悪いんじゃないのか？」 「…いや、別に…ちょっと、ここんとこ、不眠症してるから…」 「そういう時はな、酒飲んで寝りゃあいいんだよ」 拓馬は苦笑する。向こうの声の調子も、少し笑っている。 「もしかして、お前、例の女子高生に振られたのか？」 一瞬、受話器を落しそうになった。 「図星だろ」 ニヤニヤ笑っている顔が、目に浮かぶ。 「俺の妹、Ｆ女学院に通ってるんだよ。迎えに行ってるんだろ、ＭＲ２で。あれ、目立つぜ」 笑って誤魔化した。 電話を切ると、一つ溜息をついた。指で、髪を撫でつける。ゆっくり歩いて、部屋の灯を消した。 ＡＶコンポのデジタルタイムが蒼く発光して、部屋を薄暗く照らしてる。拓馬は、ソファに腰を下ろした。躰を預け、力を抜く。 あれから、何度も電話した。でも、一度も出なかった。校門での待った。でも、姿を見ることもなかった。 それから夢を見た。 妙に生々しい夢。 「苦い芽は摘み取れ」 何かが、そう囁いたような気がした。 拓馬は、深い呼吸を繰り返す。目を閉じる。眠りを目覚めの隙間へと、神経を集中させる。脳裏に、光が集い始める。 【夢見】が危険なのは、わかっている。 今みたいに、精神が不安定な時は特に危ない。でも、仕方ない。これ以外に、術を知らない。冴子、俊兄ぃ、高橋薫、そして父、ばらばらの記号達。 光が集う。流れる。拓馬は、その流れの中にいる。躰が軽くなる。離脱感。そして、心許ない浮遊感。押し寄せてくる光。腕（かいな）を広げて、受け止めようとする。 「おーい」 呼ぶ。 「おーい」 呼び掛ける。 光が近づく。冴子の波動を持った光。 なんという翳りなんだろう。まるで、闇の光だ。 「苦い芽は摘み取らなければ…」 音のない言葉が、伝わってくる。 又、光が近づく。まるで、星図を見ているようだ。数多の星々の中、見知った人の波動を認識できる。 冴子の前に、高橋薫が庇う様にいる。背を向けあっているのに、冴子は薫を見ていないのに、薫は冴子を庇い守っているかのようだ。二重の光。薫自身が持て余している二面性。光の底には、幼い少女がいる。無垢な少女は、消え入りそうに儚く悲し気だ。 金色の光が流れる。 「……俊兄ぃ」 その軌跡を追う。 俊は内の輝きを隠し、川西ともう一つ鈍く光る星の側に流れていく。鈍く光る星、その波動には覚えはあったが、誰かはよくわからなかった。彼等は皆、冴子を見ていた。川西は冷ややかに、鈍く光るものは憎悪し、俊は決意して。それぞれが、冴子の翳りを見詰めている。 星は廻る。その軌跡は、空しい。 俊達は冴子に迫り、薫は盾となる。けれど、冴子は何も見ていない。翳る緑の瞳は、何も映していない。 ――これが運命なら、救いがない。 憎しみと、野心と、頑なな心と、孤独と。これでは産み出すものがない。互いに、凌ぎあい身をすり減らしていくだけだ。 星は廻る。 腕を広げる。修正の糸はないのか？ 俊――。俊の殻を破れ。自らの光に、黄金の輝きに気づかせろ。 俊の光を掴まんとする。 「拓馬」 突然、強い思惟が躰を貫いた。 「ばあちゃん」 それは、もう祖母ではなかったけれど、祖母に近いものだった。 「星を変えるのは、罪だ」 神に同化しつつある祖母の思惟は、厳かに告げる。 「これ以上、深く入ってはいけない」 そう、戻れなくなってしまうのは本意でははい。 「でも、ばあちゃん」 「拓馬、俊は自分で殻を被っているのだから。本当は、自分の輝きを知っているのだから」 優しい祖母を身近に感じる。 「ばあちゃん、俺はどうすればいい」 声は谺していくようだ。 「――信じよ。全てを」 星が、光を失い始める。一種の落下感を覚える。わーんという音が響く。 拓馬は、大きく息を吸った。 目を開ける。部屋は相変わらずデジタルの光に薄く映されている。拓馬は、早い呼吸を繰り返す。 ひどい疲労感で、躰が重かった。 ふと見ると、右手にまだ光が集まっていた。 ―全てを信じよ― 光は少しづつ消えていく。結局、出来ることはこれだけなのだ。拓馬は、目頭を押さえた。 全てを信じ、受け入れよう。 |